by KENTA
バウハウス研究の意義についてはどうでしょう。
まずそこには、「近代」の問題(モダン/ポストモダン)もあるでしょう。バウハウスが歴史的存在であり、それが第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の文化的な昂揚の時期であったこと。「近代」をどのように捉え、いかに超克して現在、未来へと私たちの社会をデザインしていくべきなのか。正直にいえば、私にはこの問題を考察しえるような能力はありません。いや、誰にもこんな能力はないのではないか。「社会」というものが、「個性的な人々」の集合体であるかぎりは・・・。ある社会にとって、唯一絶対のヴィジョンなどありえないからです。しかし、なんとか改善していこうとする努力はつねに必要です。人間の向上心を信頼してみるのもよいことでしょう。よりよい社会、よりよい生活をみんなで提案し合うことが重要なのです。
バウハウスも社会をよりよくしていこうとする向上心の強い人々の集団でした。そして実際に社会に対して提案を続けていたのです。しかし、ここではまだこの内容については触れないでおきましょう。ここでは「バウハウス研究の意義」についてお話しすることになっていたのでした・・・。
まず最初に重要なことは、バウハウス研究を「今」やることに果たして意味があるのかということです。それはその研究の内容にも関わることなのですが、私自身は、バウハウスの「総体」を対象としながらも、「教育」という切り口をみせたいと思っています。バウハウスの多層性を失わせることのないようにし、さらに単なる歴史の記述に留まらないように注意しなければなりません。そうでなければバウハウスを研究する意義がなくなってしまうからです。アナクロニズムに陥らないように注意して「芸術」・「教育」・「社会」の各視座からバウハウスを考察すれば、時代や社会の診断、そして「芸術教育」の理論及び実践の糧となるに違いありません。私たちは常に「今」、そして「ここ」の問題に遭遇すべきであり、それを捨象しないことが「芸術教育研究」においても要求されると思います。
そうすると、バウハウス研究を進めるときには、現代社会の状況も加味していくことが必要となってきます。現代を注目してみると、まさに「創造/破壊」の営みの混沌とした時代であると感じます。普遍的なものとされてきた従来の価値体系は無慈悲にも解体(脱構築)され、「価値の多様化」自体が「普遍的」になっているようです。「国家」、「政治」、「経済」、「宗教」、「環境」、「性」、「子ども」、「学校」などの問題は次々に噴出しています。また、これはファッションの状況に顕著ですが、「新しい」とされてるものが実は古いものであったり、それまで「古い」とされていたものが再び新しくなるという円環状の変容は、一本の時間軸というよりは「螺旋階段」のような歴史観を思わせます。もはや、「新」も「旧」もなく、そこには「差異」のみがあるのかもしれません。
もうひとつ重要な視点は、科学技術(テクノロジー)のさらなる進歩にあります。現代の電子テクノロジーの発展によって、私たちの社会は大きくつくりかえられようとしています。この「BAUHAUS COSMOLOGY」という私の独り言が、私の研究室にあるMac(サーバとして使用)からWWWに発信されているのもその一例でしょう。絵画や写真のような「静止画像」だけではなく、アニメーションやムービーなどの「動画」、そして「音声」までもホームページで発信することができます。いわゆる「美術」の世界における表現のあり方についても新しい考え方が必要になってきました。
このようなテクノロジー優勢に対する反動かどうかは分かりませんが、現代はまさに人間的な「感性」の重視される時代であるとも感じています。いたるところでその主導権をめぐる新たな差異による価値の創造が企てられています。電子メディア社会において、もはや感性はそのテクノロジーの支配下に置かれつつあるようです。しかし、誰も私たちの進むべき道を明確に案内することはできません。コンピュータによる造形においては、組み合わせの膨大な可能性から適切なものを選び取るという作業が重視されてきます。こうしてデザインにおいては「シミュレーション」が活躍しはじめます。混沌として不透明な時代、行き先不明の時代にありながら、造形的な創造にはもはや「産み」、すなわち本源的な創造の苦しみ(そして喜び)はなく、遊戯的に「差異」の再生産を試みるのみとなってしまうのでしょうか。しかし、この楽観的かつ悲観的な状況はデザインにおいて顕著であり、それにつれてモノや情報のもつ人間への影響力も増大しているように思います。
バウハウスは近代デザインの基礎を築き、「アートとテクノロジーの統合」を唱えたわけですから、かなりこの辺に現代との接点、あるいはバウハウスのヴィジョンの鉾先が現れてくると考えます。すなわち、バウハウス研究の意義は、バウハウスの全体像を捉えながら「芸術」・「教育」・「社会」の諸相において今日的な考察を行うことにあるのです。
デザインやデザイン教育も問題となってくるようですね。
私たちの生活におけるデザインの影響力は拡大する一方です。このような現代社会の状況において、「デザイン」及び「デザイン教育」の見直しが必要となってくることは言うまでもないことです。しかし、私はバウハウスにおいて近代デザインの確立していく過程を検証し、考察をデザインそのものに収斂させていく方法を好みません。それよりも、広く「芸術教育」という立場、すなわち、絵画・彫刻・舞台(パフォーマンス)・建築・デザインなどの造形的な活動を伴う教育とともに、最終的には音楽や文学による教育をも包含しえることまでを考慮し、さらに「学校教育」に限定されず、美術館教育も含む社会教育・成人教育をも射程に入れて、「バウハウス教育論」を述べることにしています。論点は拡大していく一方で、私の能力を超えるものになるかもしれませんが、より広い視野で物事は考察すべきでしょう。
多様かつ動的な「デザイン」という概念を扱うデザイン教育は、「芸術−教育」の関係と同様に、デザインそれ自体を目的とする「デザインのための教育」と、デザインを手段・方法として扱う「デザインによる教育」の区別なく、双方とも総じて静的・固定的なものではありえないでしょう。それは、人間・自然・社会、また人間・芸術・技術の諸関係のなかに生じる矛盾や葛藤という問題に対し、常に動的であらねばならないからです。そこに、デザイン教育の〔芸術教育にも敷衍できる〕「ダイナミズム」が生じるといえます。
また、今日のインダストリアル・デザインや広告デザインの領域では、ジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』やスチュアート&エリザベス・ユーウェン の『欲望と消費』における研究などでも明らかなように、生産社会から、すなわち、「生産者」が行為の主体である社会から、消費社会、すなわち、「消費者」が主体となる社会が理論上は浮き彫りにされており、そのような状況から、人間の欲望を駆り立てる「手段」としてのデザインという表層的・操作的なイメージが濃厚となっています。そのような「デザイン」の今日的なあり方に対し、バウハウスにおける芸術的理念として重要な意味をもつと考えられる「ゲシュタルトゥング(Gestaltung)」(造形)という概念を再照射して、バウハウス運動における位置づけとその造形活動としての原初的な意味を再確認したいと考えています。このことは、デザインの内容やプロセスを教育内容や教育課程に当てはめるデザイン教育において、その存在意義や新たな可能性を導くためにも必要だと思います。
二つの世界大戦の狭間という不安定な時代背景にあり、1919年から1933年までのドイツにおけるバウハウス運動の歴史は、「ヴァイマール共和国」(Weimarは「ヴァイマール」と表記するが、引用の場合は「ワイマール」もありえる)と興亡をともにしている。双方を重ね合わせていえば、その出発時においては、芸術や思想における革新を軸とする新しい文化を形成しようという意欲と希望に満ちていたに違いない。しかし、それが結果的にはナチズムの台頭により崩壊へと導かれたことは、バウハウスには悲劇的であったと同時に、世界中(特にアメリカや日本)へ伝播する要因・好機ともなっている。さらに、そこで絶たれてしまったバウハウスの夢への憧憬は、各国において「バウハウス神話」の形成に拍車を掛けたとも考えられる。
バウハウス運動は、近代(化)の動向とともに、今日の「デザイン」の発展に、多大な業績を残していることは否定できない。特にインダストリアル・デザインの形成過程については、バウハウスの存在なしには語れないだろう。その影響は膨大である。また、グラフィック・デザインについて少しだけ触れると、バウハウスの機能主義的な傾向の強いデッサウ期において、多角的に活躍したラースロー・モホイ=ナジやヘルベルト・バイヤーらによるタイポグラフィーや広告美術の研究は、バウハウス独自の「様式」を生み出しているともいえる。特に小文字だけのサンセリフ活字は、その特徴の一つであるが、それは、日常会話においては大文字と小文字の区別のないことを指摘し、既成の慣習を見直すものであると同時に、タイプライターや写植機の構造の簡易化にも関連するものであった。
バイヤーは、心理学と生理学の法則に「広告」の基盤を求めており、広告はそれ自体、表現媒体であると同時に伝達の手段であることを先鋭化している。このような印刷工房の成果は、「バウハウス叢書」や機関誌『バウハウス』の刊行を手伝い、新しい「知」の運動としての知的成果を社会一般へと広める手段として、つまり、「メディア」としての機能をバウハウスにもたらしたのである。
このような結果として、近代理性に根づいた合理化におけるバウハウス運動の言説(テクスト)は、実際的な「バウハウス様式」としての生産品の成果とともに、今日に至るまで継承され発展してきたのである。この文脈からみると、バウハウスの理念の一つである「芸術と技術新しい統一」は、それ自体が法則的に現代のコンピュータ・グラフィックスにまで芸術家を導いてきたと言えるだろう。しかし、数々のシミュレーションを可能にする技術の発展により、そこから生じてくる「虚像の世界」(ヴァーチャル・リアリティ)は、現代人に新たな認識を迫ってくるのである。われわれは、すでに新たな地平を経験し始めている。このような状況にある現代社会において、バウハウスを考察することはもはやアナクロニズムとなるのだろうか。
もちろん、それが近代的合理化の問題を基盤としている限りにおいて「バウハウス神話」は崩壊する。例えば、バウハウスにおける統合論は画一化あるいは均質化の論理となり、工業生産のための「標準型」の開発は、逸脱を許さない管理主義へと豹変し、技術の開発は楽観的な機械主義を誘発し、装飾の否定・材料の重視は「意味」の不毛化を併発してしまう。したがって、バウハウスの創立時におけるユートピア的な隠喩としての「未来の大聖堂(カテドラル)」は、現代の「牢屋」へと変貌してしまう危険性も否定できない。しかし、それでもバウハウス運動は、近代から現代への「橋渡し」として対象化することはできるのである。上記の通り、昨今の曖昧な「ポストモダン」という概念は、「モダン」自体を否定するときには、プレモダン(前近代)への回帰としての歴史主義に逢着してしまうが、近代のリニア的発展において、捨象され、隠蔽されていたものを、その自身の中に再び浮上させようとするときには、モダンの脱構築としての効力をもつのである。
一面的な解釈によるバウハウス神話を内部から解体(脱構築)すること、それがこれからの課題である。その作業により、ユートピア的・表現主義的な傾向の強いとされるヴァイマール期のバウハウスにおいて、多大な影響力を有したヨハネス・イッテンの教育論に再び重心が置かれるようになる。イッテンの神秘主義思想から焦点化される個人の啓発は、様々な宗教問題の浮上している今日においても多分に示唆的であり、「精神と身体の統合」は、心身二元論を超えて「知」の見直しを迫っている。また、彼に特徴的な、西洋文明に対する批判が根底にある「西洋と東洋の融合」に関しても、「ボーダーレス」(脱領域)としての現代に、今さらながらも息吹を感じることもできる。さらに、学校というシステム(制度)により運動を展開したバウハウスは、バウハウス教育としての理念や方法論とともに、文化・社会レヴェルでの機能や役割を考察することを可能とする。一般に学校は、いわゆる「価値の(再)生産」の場として、社会の要望に応じて形成されるものであるが、現代の社会変化の加速化は、その需要を満たすことを困難にしている。しかし、当時のバウハウスは、社会変化の速度差はあるとしても、その視線はすでに、ユートピア的な「未来」へと向けられており、当時の文化・社会の先端で情報を発信する拠点となっていたことは、学校として比類のないものである。また、変容するバウハウスのダイナミズムは、芸術のそれと同様であり、あらゆる場面において運動の力となっている。
結論から言えば、バウハウスから学ぶものは、芸術教育の現在、そして未来を考察するための視点であるということが言えるのではないだろうか。その視点には、これまで学習主体としての「個人」のみを考察の対象とする傾向のある芸術教育において、個人と対置されるのではない、すなわち個人の外部であり、内部でもある「社会」を考慮する見地を含めたい。それが、社会的ダイナミズムを考慮した「芸術教育の社会学」という試みである。これは、学説や体系化をめざすのではなく、研究方法論への寄与として想定している。ここでは、社会学の領域における成果を援用することにより、芸術教育の社会的な位置づけも可能となるだろう。芸術と社会との関わり、教育と社会との関わり、これらが相互に絡み合うことで、われわれは新たなリアリティー(事実)を眼前にすることになる。ここでは、その出発点をバウハウス研究から基礎づけたいと思うが、将来的に「芸術教育の社会学」は、芸術教育という特質を生かし、これまでの「社会学」にも寄与するものとして、人間学的試みとして「文化(芸術)・教育・社会」の諸相から立体的に再考されるべきだろう。
また、バウハウスを「芸術教育学」の立場から考察することの有効性を付け加えたい。まず、バウハウスの理念やバウハウス教師らの個人的な思想を考察するのに、それらの「目標」を掲げることになる教育はその鏡像となる。すなわち、教育目標とされるものが、バウハウスや教師らの求めたものなのであり、教育にその内容が凝縮されているのである。芸術は「遊び」と同様に、その手段としての行為自体が目的となりえるが、教育はそれができない。例えば、自由教育にしても、人間的自然を通して「何か」を学ぶという目的がある。換言すると、教育には明確にその方向性が規定されている。しかし、そのような教育も、芸術、あるいは芸術的な活動を通して行われることによって、その確固たる枠組み、指導結果に「ゆらぎ」が起こってくる。そうして結果的に生じてくる多様性までを考慮する必要性がでてくるのである。バウハウス教育の場合も同様であり、われわれはその多様性を包括的に捉えなければならない。もちろん、同様の理念を掲げていても、異なった教育の方法論が述べられるということもあり、また、似たような教育を行っていても、そのめざす方向性は異なっているということもあるので、実際はかなり錯綜した複雑な状況が予想される。いずれにせよ、ここではバウハウスの全体を捉えるために、その多様性を相対化せねばならず、その多様性は、バウハウスにおける「教育」に顕著となっている。ここに、バウハウスを教育の側から捉えることの重要性と必然性がある。

