これまでに専門的な美術表現の教育を受けたことのない情報系の大学院生を中心としたクラスで行っている鉛筆デッサンの基礎教育です。
たった1回の、1コマ(100分間)の授業のなかで(実際の作業時間は30分程度で)、「自分の手」をよく観察し、鉛筆でその形態を追っていく体験をします。
これまでにどこかで見たことのある「美術系のデッサン」は、その多くが「絵画」(とくに油絵)を目指したものであったのではないでしょうか?「形を線で追ってはいけない」、「量感を出すように」、「明暗のグラデーションで」と要求されるデッサンは、もちろん絵画専門の表現を目指す人のためには必要で、観察力だけではなく、紙の上で木炭や画鉛筆を動かす軌跡と筆圧の身体的制御が伴わなければなりません。この方向での描画法においては、描く一本一本の「ストローク」(筆致)において、一定方向に引いた平行線の組み合わせで面を表わす「ハッチング」をやったり、場合によっては、輪郭や面やわらかくするために「ぼかし」を入れたりするような技法が求められます。これは、「線の集合体」によって「面」を表現しようとしているからです。線を描くための基本のストロークは身体運動なので、観察力(視覚情報の処理)と筋肉運動を制御するトレーニングが基礎固めとして必要になります。
一方、必ずしも絵画制作を目指していない一般的な人にとっては、絵画を描くための専門としての基礎訓練は必要ありません。とはいえ、対象の「観察力」を育成するトレーニングは、自分の脳内のイメージ(テレパシーがないので誰にも伝えることができない)を図示して自ら(視覚的に)確認したり、他人に伝達したりする基礎として汎用的に学ぶ価値があります。一般的な人にとってはストロークで「面」を表現する険しい道を選ぶ必要はなく、かたちを「線」で追うような表現で十分です。このような方法は、水墨画や日本画における伝統的な表現技法でしたし、実は、ルネッサンスの天才芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチやエコール・ド・パリの日本人画家である藤田嗣治(レオナール・フジタ)のデッサンにも「輪郭線」がはっきりと感じられます。(いつのまにか、「デッサンとは・・・だ」という固定観念が横行してしまっています。)むしろ今日的なイラスト、漫画、アニメにも通じる表現技術のトレーニングとして、「輪郭線」を追う(観察力を高める)トレーニングは意義ある体験となるでしょう。
したがって、この課題での鉛筆デッサン(ドローイング)は、迫力のある量感や繊細な陰影よりも、もっと「かたち」(すなわち「線」)にこだわります。課題の対象となる「難しい手のかたち」をとることができたならば、もう何でも描けそうではないですか?
以下にこれまでの成果を公開します。いくつかの作品は、これまでの描画に対する不安を払拭し、自信に満ちたものになっています!(「芸術文化論受講者」による鉛筆デッサン)